くまさんの”科学・技術の乱想、妄想、乱れ打ち”

日頃、興味がある分野の読書や人の話などから考えたことを文章にしています。

2014/12

 ヒトの進化の順序は、化石人骨や考古学的検討から直立二足歩行から始まり、手を使った石器造り、狩猟や火の使用、言語の使用、細石器の製作・使用、芸術的製作、文字の使用など次第に高度な文化を作り上げてきた。そしてこの能力の向上が、脳の容積の拡大や脳内の領域の増大によっていることは間違いない。
 ここでは、道具の使用や言語の獲得などと脳の発達を検討してみる。
1. 頭骨の変化
 図1は、比較のための現在のチンパンジーおよびAuアナメンシスからホモ・サピエンスに到る脳容量の変化、頭骨の前面・横の形状を示した。但し各種の頭骨の発達の違いを強調されるように、眼窩の幅が同一になるように前面、横の形状を表示した(眼窩の幅で規格化した状態とした)。また頭骨の上下の基準線として眼窩の中心位置を用いた。また図の中央の顔面に引いた上の線は眼窩上隆起の上の位置を示した線である。また最下段の頭骨の側面を示した図には、頭骨の高さを示した線を示している。また各頭骨はその種を代表している頭骨とは言えないが、矢印によって前の種からの大凡の変化の傾向を示した。


ヒト進化における脳の発達


 図から各進化段階の特徴は、次のように言える。脳容量が次第に大きくなっていることから、脳の拡大が起こっていることは間違いないとして、(1)チンパンジーからAu種属への時点では、脳の高さと頭頂部付近の拡大、(2)Au種属からHハビリス段階では一層の脳の高さと頭頂部付近の拡大および後頭部の拡大が起きている。(3)HハビリスからHエレクトスでは、後頭部の拡大がおきているが、頭頂部付近の増加はほとんどない。(4)Hハイデルベルゲンシスの段階では、頭頂部付近の増加はほとんどなく、前頭部の拡大が起こっている。(5)Hサピエンスでは、高さを含む頭部全体の拡大が起こっているが、特に前頭部の一層の拡大、上部後頭部、下部側頭部の拡大が著しい(ネアンデルタール人の場合にも同じことが言えることをAサンタ・ルカが述べている)(1))。
2. 脳内部の変化の推定
 (1) Au アナメンシスの段階
 チンパンジーからAu種属での進化は、直立二足歩行である。図1のAu種属の頭骨の変化は、二足歩行に伴う脳の進化を表しているのであろう。最近の研究によれば、二足歩行に伴う脳の神経経路については、歩行を行うアイデアが補足運動野を通じて大脳基底核や小脳外側部を通り運動野に伝達され、運動を起こすことが知られている。JCエックルスは、“Auアフリカヌスは石器の製作は行ってはいなかったと思われるが、骨や角,木などを使っていたであろう”と手の使用をしていたと想像している研究例を紹介している2)。そして手の親指の回転や手の骨の化石からは石器を作れる程度までにはなっていたが、脳が石器を作るまでは発達していなかったと推定している。
 図2は、脳の運動に関する領域を示したホムンクルス図である。Au種属では、手の動きが不十分であったとすれば、脳の拡大や頭骨高さの拡大は、脳の足の部分に関した領域が拡大したと推定できよう。

脳のホムンクルス図

(2) Hハビリスの段階
 Hハビリスになって粗製石器が作られ始めた。どのような粗製の石器であっても、どのような石器を作るかという想像的見通しが必要となる。そしてAu種属は、この能力を限られてはいるが持っていたらしい(2))。
 この石器の製作は、Hハビリス、Hエレクトス、Hサピエンスと多様性と優美性を深めながら進歩してきたが、手・指に関する脳、特に運動前野や運動野の拡大が寄与したと推定される。
(3)  HハビリスからHエレクトスの段階
 HハビリスからHエレクトスの段階では、叫声のような原始言語を使っていたのではないかといわれる。この理由としては、言語に関する後言語野(ウィルニッケ)の発達が起こっており、Hエレクトスでは言語をコントロールする前言語野(ブローカ)の痕跡がみられるが(3))、言語を発する声帯の位置が現生人類よりも低く複雑な文節語を発生するのが難しいとされている(1))。そして複雑な言語を発生させる補助的な口や舌を動かす運動野の発達も著しくないために、頭頂部の高さはあまり変化がなく、むしろこの後言語野の発達が頭骨を後方に押し出した要因であろう。
(4) HハイデルベルゲンシスからHサピエンスの段階
 この段階の最も重要な変化は、前頭部の膨らみによって眼窩上隆起が次第に目立たなくなっていることである。脳の部分で言えば、前頭葉が発達してきていることである。渡邉氏は、(前頭葉は)「視覚前野、側頭連合野、頭頂連合野などの高次処理された情報や大脳辺縁系である視床、帯状回や海馬、扁桃核、さらには視床下部、尾状核などと相互につながっている。また前頭連合野は、運動前野、補足運動野、さらには大脳基底核にもつながっている。
前頭連合野内の外側部は後連合野からの高次処理情報と、また眼窩部や内側部は大脳辺縁系と結びついている。このため外側部は認知機能と眼窩部や内側部は情動、動機付け機能により強くかかわっている」(4))と述べている。
この前頭葉の容積は、チンパンジーでは脳の17%を占めているが、現生人類では29%を占めていることから、Hハイデルベルゲンシスではこの中間の値にまで前頭葉が発達してきていることが予想される。しかしHサピエンスと比較して側頭部、頭頂部や側頭部下部の膨らみが見られないことから、HサピエンスほどではないがHエレクトスと比較して、恐らくより精巧な石器の製作に必要な見通し機能やそれを実現する運動野や運動前野、声帯の位置の変化に伴う原始言語の進歩(ブローカ領域の発達)があったと推測されている。
(5) Hサピエンス・サピエンスの段階
 Hサピエンス・サピエンスでは、Hハイデルベルゲンシスの段階での前頭葉の一部の進化から、現生人類が持つ前頭葉の全機能が進化したと思われる。頭骨で見る限り前頭部の一層の拡大、頭高、側頭部、頭頂部、後頭部、下部側頭部の拡大など全ての部分での発達が見られる。脳の内部では、思考や創造力を司る前頭葉の発達、記憶や言語に関する側頭葉の発達などが関係していると想像できる。この側頭葉は、各感覚からの情報や記憶を整理し一時記憶する海馬や本能的感情と身体反応を行う扁桃体を持つ大脳辺縁系につながり、さらにこの大脳辺縁系からは、前頭葉へ情報が送られる。前頭葉は、これらの情報を基に各種の身体や思考への反応を行っている。
 Hサピエンス・サピエンスの進化の中心は、従来から言われているように、主として前頭葉と大脳辺縁系の進化によっていると思われる。

1)石田肇:「ネアンデルタール人の正体」第6章「化石は語る」朝日新聞出版(2005)170、270-271
  Santa Luca, AP:J. Human Evolution,7,(1978)619-
2)JCエックルス著、伊藤正男訳:「脳の進化」、東京大学出版会、(1990)60-
3)栗本慎一郎、養老孟司、沢口俊之、立川健二:「脳、心、言葉」光文社、(1995)25

 ヒトは、進化の過程で脳の拡大が起こり、これに伴って、胎児の脳も大きくなった。この胎児の脳が大きくなることで、出産リスクが起き、これを避けるために早期出産が行われたとされる。前回までの検討から、現生人類では早期出産が無かった場合には、胎児期間は58.1週で現在の40週よりも18.1週長く、脳の大きさは600ccになったのではないかということを示した。 それでは、何時ごろこの早期出産が始まったのであろうか。ヒトの進化と乳児の体重に関して、JM DeSilvaがチンパンジー、アウストラロピテクスから現生人類までの膨大なヒトの化石資料を解析している(文献1))。そして、新生児の体重と母親の体重の比については、アウストラロピテクスからHサピエンスまでは5.1~6.3%、猿人やチンパンジーでは2.4~3.3%の値を得ている(表)。

141020IMMR

  また新生児の体重と脳重の比は、Hサピエンスで平均で12.3%、類人猿については、10~10.1%と試算している。 そこで猿人から現生人類まで、母親の体重は増加傾向にあるので、母親の体重を一定にした時(母親の体重を文献にある体重(57.1kg)として)の新生児の体重を求め、さらにアウストラロピテクスからHサピエンスまでの新生児脳重/体重比を12.3%、アルディピテクスやチンパンジーの新生児の脳重/体重比を10.05%として新生児の脳重を求めて図に示した。

141204ヒト進化新生児脳重


 図中には早期出産が無かった時のヒトの新生児の推定脳重および700万年前に類人猿と別れた時の新生児の脳重(現在のチンパンジーの脳重で代表した)も示した。図からは、3~400万年前にアルディピテクスの新生児の脳重138gから、アウストラロピテクスの新生児の脳重368~379gへジャンプし、その後若干の出入りはあるが、現生人類の新生児の脳重400gまで続いている。この図で見る限り、早期出産への圧力は、Hハビリスから始まり、Hエレクトスの段階でほぼ母親との体重比で一定の脳重になるように働いたと推定できる(母親の体重57.1kgのとき、400g程度)。

  1)JM DeSilva:PNAS 108, No3,1022-1027(2011)

 ヒトの進化の過程で次第に脳が大きくなるに従い、出産リスクが高まったため、これを避けるために早期出産をしたということが指摘されている。この早期出産の程度がどの位かについては、1年程度と推定されているが、その理由は人の胎児の脳は出産後1年程度胎児期とほぼ同じ速度で進んだ後、発達がゆっくりと2段階に行われること1、および他の霊長類の乳幼児の脳の発達は出産後一定の速度で発達することから、初期の発達速度の時期を胎児の期間であったと考えたからであろう。


また、ヒトの進化の何時ごろから出産時期が早まったのかについては、検討された文献はほとんどない。そこで主として1)、2)の文献から推定してみた。



 もし早期出産が無かったならば、新生児の脳の大きさはどの程度であったのだろうか。上述の文献から胎児期間が2年であれば脳重1kg(約1000ml)と推定される。またPV Tobias(2))によれば、誕生時と成長時の脳の大きさ比較では、誕生時の脳が成人脳の60(“尾なしざる”の比率と同じとする)であったとすれば、Hサピエンスの誕生時の脳の大きさは610ccになると計算している。                                                                           

 そこで別の方法として、チンパンジーの新生児とヒトの新生児が成長とともに獲得してゆく能力の時期が、どのように違うか比較することでどの程度の違いがあるか検討してみた。獲得する形質や能力として、手の把持行動、歯の出現時期、食物の摂取行動、歩行行動と獲得する時期について、比較したのが表である。身体的特徴や行動の発現(人の方が行動の力強さでは劣る)には若干の相違はあるが、ほぼ同じ順序である(表の太字の部分)。またヒトの生後の発達は、チンパンジーと比較してゆっくりと成長してゆくことが分かる。

141020人とチンプの身体発達時期表

またチンパンジーとヒトの新生児の獲得能力と成長時期との相関をとったのが図である。チンパンジーでは早期出産が無いと考えると、現在のヒトの出産が18.1週遅いとすると、両者は、身体や行動の出現がほぼ同じになる。もし人が脳の拡大に伴って早期出産を行ったとしたら、ヒトの進化の過程で胎児の期間が58.1週から40週へ短くなったと考えることもできそうである。

一方、仮に胎児の期間が58.1週であったとすると、胎児の脳重はどの位になるであろうか。J Dobbing & J Sandsによる胎児から新生児にかけての脳重の変化からは、平均で0.616kg、脳容量は胎児の脳の比重を成人と同じ1.05とすると587ccとなる。この値は、前述のPV Tobias610ccに近く、納得できる数値である。

早期出産が無い場合は、胎児期間は58.1週、脳容積は600cc0.630kg)であり、現状の胎児期間40週、脳重量0.4kgよりも約1.5倍程度であったと推定される。
141020ヒトとチンプの身体行動時期比較

1J. Dobbing and J. Sands:Arch.Dis.Child. 48 747-67, (1973)

2JC エックルス著、伊藤正男訳:脳の進化、東京大学出版会、(1990113

PV Tobias :Evolution of human Brain,Intelect and spirit,Andrew Abbie Memorial Lecture ,Adelaide University Press,Adelaide (1981)



 

 これから老化防止の為も含めて考えまとめたことをアップしてゆきたいと思います。

 最初に 「ヒトの進化と脳化指数」についての現状の理解です。

 人類は、進化と共に脳の体積(重量)が大きくなってきたといわれ、この脳の体積の増加が、その後のヒトの行動や知能の躍進、文化の蓄積を生み、今日のような社会を築き上げたとされる。しかし脳の大きさは、知能や身体能力の高さだけではなく、体の大きさ(体重)によっても決まることが知られている。
 例えば体重の大きい象は、現生人類の4倍、クジラは5倍の脳の重量を持っている。この現象をアロメトリー(相対成長)というが、動物の分類学上のグループ毎に、体重と脳重に一定の関係があることが見つかっている1)、2)。 
 坂口氏によれば、現生哺乳類309種における体重(g)と脳重(mg)の関係は、
       log(脳重)=0.755*log(体重)+1.774(=log(0.0594))
であり、良い相関が得られている。また霊長類の場合でも両対数グラフで直線になり、体重(g)、脳重(g)で表されたときの時、その係数は0.76、定数は0.099、すなわち
       (脳重(g))=0.099*(体重(g))0.76     である。

 体重に対する脳の重量(大きさ)が、知能の高さを示しているとすれば、上記の式から計算される脳重と実際の脳の重量との比が知能の高さを示していることになる。そしてこの比(EQ^A)を脳化指数といっている。
 ヒトは、700万年前頃に類人猿から別れ、分化をしながら進化してきた。最初に現れた猿人は別にして、アウストラロピテクス・アファレンシスの場合、身長1~1.5m、脳容量380~485ml、Hハビリスは身長1~1.3m、脳容量500~650ml、Hエレクトスでは身長1.6~1.8m、脳容量750~1300ml、Hサピエンス(ネアンデルターレンシス)の伸長1.5~1.7m、脳は1410ml、現生人類では身長1.5~1.8m、脳容量1350mlで、次第に身体が大きくなり、脳の容量も増加している。
この間の事情をこの脳化指数でみたならば、どのように推移したであろうか。図に過去の人類の生存年数(対数表示)と脳化指数の関係を示した。ヒトが確実に直立二足歩行をした足跡を残した350万年前の脳化指数は、現代のチンパンジーより若干大きい1.5程度であったが、石器を製作し始めた250万年前では1.8、ハンドアックス(握斧)を作り始めた180万年前には2.5、旧石器時代中期の剥片石器を作ったネアンデルターレンシスは2.8、現生人類では2.95と脳化指数が上昇している。
141015ヒトの脳化指数

 このことはヒトの進化に伴って身体も大きくなったが、それ以上に脳の重量(大きさ)が大きくなり、それによって知能が発達し、複雑な石器などの道具を製作し、また集団による狩りなどの行動ができるようになったことを示している。
 しかし身体の拡大に比較して脳が大きくなり、知能が発達したことは、別な問題を生じることになった。その問題の一つは脳が消費するエネルギーが増加したことであり、もう一つは大きな脳を持つ赤ちゃんをどう出産するかであったということが指摘されている。最初の脳が必要とするエネルギーについては、チンパンジーの脳では基礎代謝量の8%に比較して、ヒトの場合は体重の2%である脳が22%のエネルギーを必要としていることが挙げられている。体が大きくなることによるエネルギーの増加に加えて、脳へのエネルギー増加が加わり、栄養源の確保が重要な問題になってくる。初期のヒトが植物食から肉食をするようになったことと関連するとの指摘がある。二つ目の出産の困難さに対する解決法は、脳が発達する前に早期出産することで解決しているといわれている。出産後も脳を発達させるのである。ヒトの赤ちゃんの脳の重量は、出産から1年後まで直線的に発達することから、1年程度早産させているとされる2)。              
                                           (つづく)
 
1)Holloway,R:Handbook of Human Sybolic Evolution,p77-.Malden,MA Blackwell
   沢口俊之:からだの科学180、日本評論社(1994)100-
2) JH カートライト著、鈴木光太郎・河野和明訳:進化心理学入門、新曜社(2005)、p152-

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